りしなくてはならない。
こうした仕事を下から支えてくれる人が、クラスから1人でも2人でも出てくれればありがたいと考えたのも一因なのであった。
つまり、文化を引き上げる職員と下から支える人々を、劇場は同時に人づくりとして始めたのである。
館長のボランティア精神が伝わったのか、各基金行事のボランティアはほとんど「日常塾クラブ」の人々によって行われている。
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